21歳の娘がASDと診断されて思ったこと~大人の発達障害

女の子とクマ ASDの娘と向き合って
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 職場で感じていたことを、娘がASDと診断されて実感した。

 子どもたちの個性が、大人目線の「困る」「他と違う」で判断されて「発達障害?」と言われてしまう子どもたちがふえていないかな?

その目線で見られてしまうと、その子がその子でなくなってしまうような気がしていました。

素人の私が思うこと

 職場の同僚(看護師)とよく話します。

「年々『発達障害』『グレーゾーン』って言われる子、増えるよね?多くない?
私たちの子どものころにもこんな(個性の)友だちが、クラスには必ず一人はいたけどね」

職場で

 0~5歳までの就学前の250人以上の子どもたちが通園するこども園が、私の職場です。

 その子どもたちの中で、おおげさではなく1/5程度は、大なり小なりいわゆる支援が必要な子、として介助員や支援員がついて保育の援助を受けています。

 特性が当てはまり、必要な生活が困難で保護者も悩んでいる場合には、診断や支援が必要なので大切で必要なことだと思います。

 でも、保育(教育)の素人で看護師の私は、その人数の多さに「こんなにたくさんいるの?!」「あの子も、この子もそうなの?」と驚きます。

 その対象の多さは、発達障害に関連する言葉が多すぎて、それに個性までもが当てはめられるようになったからでは?と思ってしまいます。そして、その言葉は、いまや簡単に情報として得ることができて、日常生活で使うことができてしまいます。


当てはめる言葉があると、一気に診断めいてしまいます。

 ★たとえば、じっとできない子=「多動」

私

ん~・・・昔からいたよ?こんな子。

そして、すごく運動神経がよかったり!

 ★自由遊びで、いつもいつもブロックで遊んでいる子=「こだわりが強い」

私

ん~・・・・すっごく好きなだけじゃないの?
だって、とっても楽しそうだし、すごく上手に作ってる。

 ★子ども同士では楽しそうに大はしゃぎして遊んでいるけど、大人が声をかけると黙っちゃう子=「場面緘黙

私

ん~・・・・照屋さんなだけじゃないのかな?
だって、初めはおしゃべりしてくれなかった子も、年度終わりになった最近では、小さな声だけど、ちょっと笑ってあいさつしてくれるようになった。
それに・・・・先生たち、すぐ怒った声になるから「怒られる!」って思うんじゃないの?

 ★ケンカや怒られて泣き始めて、時間がたっても機嫌を直せない子=「切り替えができない」

U先生
U先生

ん~・・・・だって、泣くほど腹が立ったんだろうし、許せないことがあったんじゃないの?
子どもだって、怒るのにも、泣くのにも理由がある。
大人の時間軸や都合で、簡単に気分なんて変えられない。
それは、心の成長のひとつじゃないのかな。

 と、まぁ、素人の私は思ってしまうわけです。


そりゃ、保育(教育)の専門の保育士さんは、私の少ないこの保育現場での経験よりずっと子どもたちを見ていることは分かっています。

たくさんの子どもを見た中で、それでもやっぱり他の子と比べて「これは、違う!」ということみたいだし、文献やネットで検索しても「程度」というのが重要で、程度を超えると個性ではなくなるらしいことは分かります。

なのかもしれませんが、でも、そうやって子どもたちが大人目線のフォルダに振り分けられてしまうことが、その子の個性ではなくなって、いわゆる「支援が必要な子」と言われる子どもの数を増やしているようで。

そして、保護者達も不安になります。
検索をすれば、どんな情報でも簡単に手に入れられるので、保護者のかたの中にも、専門用語に詳しいかたも多く、それにより不安が強くなっていないか、と心配になります。

娘を通して

 私も娘がASDと診断された前後から、慌てて文献やネット、Youtubeを見て勉強して娘の困り感への「理解と支援をしなくっちゃ!」と意気込み、

アニメが好きなことを「こだわりが強い」と、
買い物でお金を使いすぎてしまったことを「衝動性」と「コントロールが効きにくい」「他者視点の乏しさ」と。

娘の性格やこれまでの出来事をASDの特性に当てはめて考える時期がありました。
そして、それが、娘を理解することで、娘のためになるのだと。

だけど、そういう視点で娘を見てしまうと、今までできていた普通の会話の中にASDの要素を探していたり、先回りして考えてしまうように、私がなっていってしまいました。

これまでの娘のいいところや可愛かったところ、困るけど娘らしいところが全部問題で、他の人と娘自体を違う扱いにしてしまって。

そして、またどんどん娘自身も、自分の行動や発想、結果を「ASDだから」と結び付けて、諦めていってしまっているのでは、という気がして。

苦しぃぃぃぃ

そして、思うこと

 娘の場合は、発達検査で診断を受け、APDも起きているので、正真正銘のASDなのですが、そんな娘の親の私でもそう思ってしまうのです。

この思いは、娘がASDと診断される以前から、そもそも「発達障害」「グレーゾーン」という言葉の扱いがおかしいな、と感じていたせいかもしれません。

当事者の家族となって、改めてそう感じます。

そんな風に娘を通して思うから、「支援」は保育士さんにお任せして、職場の園児との関わりを楽しんで、不安な保護者の気持ちに寄り添うことができたらいいな、と思います。

 そして、私は母として、枠組みにとらわれることなく、娘をありのままで受け止めていきたい。

 ここまでお読みいただき、ありがとうざいました。
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