大学3年の7月から9か月の休学を経て、今年4月から通学を再開した娘。
授業のコロナ対応はほとんどなくなり、全ての授業が対面になったため、再開前後は周囲とうまくやれるのか、授業をストレスなく受けることができるのか、ずいぶん心配したけれど、2か月半経った今、娘はすこぶる機嫌よく通学している。
娘の中で、昨年と何が違うのか?
これまで、娘が負担と感じていたことは何だったのか?
この娘の姿を見て、これまでのミスマッチに気付きました。
目に見えていることよりも、根本は何か?
自閉スペクトラム症(ASD)など、発達障害と言われる人には、その人に合った支援が必要だということはよく言われます。
そして、娘のような発達障害の特性が顕著ではなく、本人が苦労しながらでもなんとか社会生活に参加することができる子ども(人)たちは、なんとなくでもやり過ごすことができているので、周囲からは気づかれず理解されにくいために、特性への配慮や支援がないまま「環境」と自分自身の間にミスマッチが生じ、さらに困難や障害が大きくなったり、抱えたりすると言われています。
何が必要で、その子ども(人)に合っているか、早い段階で気づき、対応を受けることが望ましいのですが、実はそれがとても難しい。
親でさえも、目の前の問題に気を取られて、根っこを見逃す。
目に見えていたこと~ひとりぼっちの寂しい姿
娘が幼稚園や小学校低学年のころは、学校から帰ると約束した友だちとよく遊んでいた。
でも、小学3~4年生のころから、だんだんと約束をして帰ることが減り、家で一人遊びをして時間を過ごすようになった。
また、学校からの帰り道もひとりで帰ることが増え、そんな姿を見て、母親の私は娘が友だちと上手くいっていないのかと心配をし、友だちとのきっかけを私が作ろうと、自宅に数人を呼んでピザパーティーをしたり、ゲーム大会をしたりした。
でも、娘はその時は喜んで遊んでいるものの、長く続かない。
やっぱり、学校から帰るとひとりで過ごしていた。
中学受験で学校行事も盛んな学校に進学した娘に、親としては
「学生生活が充実するだろう」
「友だちとばかり過ごして、週末も遊びにばかりいくんじゃないかな?」と、そんな学生生活を期待したけど、小学生の時以上に遊びにも行かずに自宅でひとりで過ごす時間はますます増えた。
そして、娘から聞く友人や学校での出来事は、ネガティブな話ばかりだったので、
「友だちができない」
「輪に入れてもらえない」
「受け入れてもらえない」
と思い、いじめの可能性も含めて考え、私は当時、それはそれは悩んだ。
そして、いつも娘に
「今はあなたに合う場所(友だち)じゃないのかもしれない。あなたを受け入れてくれるステージが必ず先に待っているから大丈夫だよ」
と、話して慰めていました。
そして、さらに大学は地元からも遠く離れ、私の感覚では何のしがらみもなくなり「せっかく大学生なんだから」「学生らしく忙しくしてほしい」と、今度こそと期待した大学生活。
私と主人のイメージとはやっぱりかけ離れて、授業が終わればまっすぐ家に帰るし、友だちの誘いもほとんど断る、週末の土日は必ずどちらかは空けて家で過ごす。
ここ(大学のステージ)でもだめなの?学校という場所が無理な子なの?と、本当にがっかりしたのを覚えています。
そして、どうにか家から出掛けさせようと、誰かと過ごさせようとして、何度も娘の機嫌を悪くさせ、衝突しました。
娘の根っこにあったもの~大事な自分のひとりの時間
娘がひとりで時間を過ごす姿から
「本当は娘は友人に囲まれて過ごしたいのに上手くできなくて寂しがっている」
と想像して、一生懸命それを満たしてあげられるように努力した。
でも、実際の娘は、それは望んでいなくて、ASDの特性から対人関係や距離感がはかれないために、私たちが思っている以上に学校の中で気持ちを消耗させていて疲れていたのでしょう。
学校で友人との関係を保つためにすり減った気力を、家や家族、自分自身で静かに過ごしてリセットすることが大切で、だから、傍目には「ひとりぼっち」に見えたかもしれないけど、娘には落ち着く「ひとりの時間」だったのです。
そして、その時間があればまた、学校でがんばれる。
娘が話していた学校生活や友人のネガティブな内容は、娘の対人関係の苦手さからくること。
そして、自宅でひとりで過ごすことや、帰り道をひとりで歩いて帰ることは娘にとっては、その苦手な対人関係で疲れた気持ちをリセットするための自分の大切な時間の過ごし方。
根っこはここでした。
これが、当時の早い段階でわかってあげることができていれば、娘はもう少し楽に学生生活を送ることができたのかもしれません。
私の視点で解決しようと考えていた時は、娘の気持ちとはズレが生じ上手くいかなかったのですね。
まさにミスマッチで真逆の支援だったのかもしれません。
心が落ち着くこと
多くの人は、友だちがいること、誰かと時間を過ごすことが大切かもしれませんが、娘はそうではなかった。
娘の休学は、ある意味、自分のしんどさの原因だった「友だち」から逃げるためだったので、娘は、大学の同級生には一切連絡せずに休学に入り、連絡をくれた友だちにだけ、事情を伝えたそうです。
それがよかったのか、時間をかけ、今はASDのことも伝えられる関係になったほんの数人だけが娘の近くに残ったそうです。
娘は、「すごくシンプルになった」と、居心地のいい関係性を持てる友だちに心が落ち着いています。
そんな居心地のいい友人とも、一定の距離が必要な娘。
クラスという一塊の友人の中では、リセットの時間は本当に娘には大切だったのでしょうね。
だから、留年して1つ下の学年に混ざり授業を受けている今は、見栄えだけの友だちは全く作る必要がないと自信を持てるようになり、課題研究も大いに充実してひとりでやっています。
休学から自分で見つけたこの自信は、自分を助ける力になりました。
私が娘をなぐさめた言葉の「ステージ」が違うのではなく、「ステージ」は娘には問題ではなく、また「ステージ」が解決するものではなかった、ということが今楽しそうに通学してひとりで過ごしている娘をみて思います。
今、「ひとり」に大満足して、再開した学生生活をこれまでにないくらいに謳歌している娘は、
「休学して学年が変わったことで誰とも話をしなくて済むようになった。SNSのグループもないし、お昼ご飯を誰と食べるとか、ゼミや課題研究のグループを誰と組むとか、そんなことにわずらわされない。全部ひとりでできるようになったことが本当に楽になった。」と、話します。
そして、「こんなに集中して勉強できるようになって、本当に学校が楽しい」と。
娘の根っこがやっと見つかったようです。
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